身に覚えのない発言の録音や動画を突きつけられた。AIの偽物だと思うとき、研究では人の耳も判定ツールも決め手にならず、まず元のファイルと自分の記録をそろえる

職場や家族、知人から「これ、あなたが言ったんでしょう」と録音や動画を突きつけられた。声も顔も自分に似ているのに、言った覚えがない。AIで作られた偽物かもしれないと思っても、どう説明すればいいかわからない。研究では、人の耳も自動の判定ツールも、本物か偽物かの決め手にはなりませんでした。だからこそ、言い争う前に、ファイルの出どころと自分の記録という「事実」をそろえることが先です。
3行でわかる
- 英語と中国語の実験では、人が偽の音声を偽物と当てられたのは73%でした。本物の音声の約3割は、逆に偽物と判断されていました。
- 自動の判定ツールも、学習していない種類の偽物や、雑音・圧縮のある録音では外れやすいと、複数の研究が報告しています。
- その場で認めず、言い争わず、ファイルの写しと入手経路を求めます。自分の予定や送受信の記録をそろえ、重い場面では弁護士に相談します。
01 結論から言うと偽の録音を突きつけられたら、まず何をする?
その場で認めたり、感情的に「AIの偽物だ」と言い張ったりせず、確認の時間をもらいます。録音の元のファイルと入手経路、その日時の自分の記録をそろえるのが先です。
AIで作った声や映像は、本人をよく知る人が見聞きしても、本物と区別がつかないことがあります。そのため「似ているかどうか」で言い合っても、話は平行線になりがちです。
決め手になりやすいのは、ファイルの外にある事実です。いつ、どこで、誰が録ったのか。そのとき自分はどこで何をしていたのか。この2つを確かめられる形でそろえることが、身を守る土台になります。
この記事は、自分の偽の録音や動画を「証拠」として見せられた場面を扱います。ネットで顔写真が加工されて広まった場合は、ディープフェイク被害のあとは「証拠・報告・相談」の3つが先です。
02 研究とデータでわかっていること本物か偽物か、耳や判定ツールで見分けられる?
人の耳では偽の音声の約4分の1を見逃し、本物の約3割を偽物と取り違えていました。自動の判定ツールも、未知の作り方や雑音・圧縮に弱く、それだけで決着はつきません。
Maiら(2023) / PLOS ONE [1]
本物の音声とAIで作った音声を聞かせ、偽物を当ててもらう実験です。1本ずつ聞いて判断する条件では、偽物を偽物と当てたのは73%でした。本物を本物と当てたのは67.78%で、残りの約3割は本物なのに偽物と判断されていました。
英語と中国語で成績に差はありませんでした。事前にAIの音声の例を聞かせても、成績は少し上がっただけでした。学習したのと違う種類の音声で試した自動判定は、本物の音声をしばしば偽物と判定していました。
対象: 英語か中国語を話す成人529人(オンラインで募集、平均28.9歳) / 限界: 言語ごとに知らない女性1人の声を、2〜11秒の短い文で聞いた実験です。よく知る人の声や、長い会話の録音での結果ではありません。
Grohら(2024) / Nature Communications [2]
米国の大統領2人の演説について、本物と偽物を見分けてもらう5つの実験です。2023年6月の実験では、本物の動画を本物と当てたのは86%でした。偽物は、声優が声を当てたものは83%見抜けましたが、AIの合成音声を使ったものは72%にとどまりました。
文字だけより、音声や映像があるほうが見分けやすくなりました。著者は、人は「何を言ったか」より「どう言ったか」で判断していると結論づけています。
対象: 米国の成人(実験2は302人、5つの実験で計2,215人) / 限界: 誰もが顔と声をよく知る有名人の短い演説が題材です。身近な人の録音で同じ結果になるかはわかりません。
van Lieropら(2026) / Forensic Science International: Synergy [3]
オランダの法科学研究所などの研究者が、AIで作った画像と動画の見分け方について、2022〜2025年の400本以上の研究をまとめた系統的レビューです。最新の判定方法は、学習に使った種類の画像ではほぼ完璧に当てる一方、学習していない生成AIの画像では正答率が70〜100%とばらついていました。
画像の縮小や圧縮で、判定の手がかりが大きく変わったり消えたりすることも指摘されています。法科学の現場では、どのAIで作られたかはほぼいつもわからないと書かれています。裁判で使うには、判定の理由を説明できることが欠かせないとも述べています。
対象: 画像・動画の生成と判定の研究400本以上 / 限界: 研究ごとに使うデータがそろっておらず、方法どうしを比べにくいと著者は書いています。音声は対象外です。
UnivasoとSan Segundo(2025) / Frontiers in Artificial Intelligence [4]
犯罪捜査などで行う声の鑑定を想定し、AIでまねた声を見分けられるかを調べた研究です。声の特徴から作った判定モデルは、別のデータで試すと精度が51%下がりました。市販の判定ツールも、人のざわめきを大きく重ねたり、音が割れるほど音量を上げたりすると、まねた声を見逃しました。
対象: 公開の音声データと、スペイン語を話す男性1人の録音から複数の方法で作ったまねた声 / 限界: 声の数が少ない実験です。著者は、通話アプリやSNSを通った録音は音質が落ち、判定がさらに難しくなると述べています。
まとめると、人の耳でも機械でも「本物か偽物か」をその場で言い切るのは難しい、というのが研究の現状です。判定する側も間違えます。だからこそ、録音の中身だけで勝負しないことが大切です。
03 まだわかっていないこと偽の録音だと証明する確かな方法はある?
誰でも使えて、偽物だと確実に証明できる方法は、今回の調査では見つかりませんでした。判定の研究は進んでいますが、作る技術も同じ速さで進んでいます。
- 家族や同僚など、よく知る人の声の偽物を、身近な人がどのくらい見抜けるかを確かめた研究は見つかりませんでした。
- 日本語の偽の音声で、人や判定ツールがどのくらい当てられるかは、紹介した研究では調べられていません。
- 偽の録音を突きつけられた人が、どんな手順で疑いを晴らせたかを追った研究も見つかりませんでした。04の手順は、研究結果から考えた手がかりです。
04 今日からできること疑いを晴らすために、何をそろえる?
ファイルの写しと入手経路、自分のその日の記録、の2つをそろえます。判定サイトの結果だけで決着させず、仕事や家庭で重い結果につながるときは弁護士に相談します。
その場で認めず「確認させてほしい」と伝える
言った覚えがないことははっきり伝え、そのうえで確認の時間をもらいます。録音の写しと、いつ・誰が・どこから受け取ったかを聞き、メモします。相手も偽物を信じているだけかもしれません。
目安 その場で5分
その日時の自分の記録をそろえる
録音された日時に、自分がどこで何をしていたかを示すものを集めます。予定表、メールやメッセージの送受信、交通系ICカードの履歴、一緒にいた人などです。消える前に画面を保存します。
目安 30分
受け取ったファイルは、元の形のまま保管する
転送し直したり、画面を録り直したり、編集したりしません。研究では、圧縮や縮小で判定の手がかりが消えることがありました。受け取った日時と相手をメモし、ファイルと一緒に保管します。
目安 10分
判定サイトの結果で決着させず、重い場面は弁護士へ
無料の判定サイトは、本物を偽物と判定することも、偽物を見逃すこともあります。懲戒や離婚、裁判、ネットでの拡散など重い結果につながるときは、弁護士に相談し、専門家による鑑定が必要かを聞きます。
目安 1週間以内に相談
職場で疑われたときは、人事や社内の相談窓口に、事実確認の手順を書面で求められます。お金を要求される、脅されるなど危険を感じるときは、迷わず警察に相談してください。
逆に、本物の写真や動画を「AIの偽物だ」と言ってしまった側の対応は、本物の写真を「AIの偽物だ」と言ってしまったときにまとめています。AIの答えに自分について間違った情報が出たときは、AIに自分の名前を聞いたら、間違った情報が出たときが参考になります。
05よくある質問
無料のAI判定サイトにかければ、本物か偽物かはっきりする?
はっきりするとは言えません。音声の実験では、学習したのと違う種類の音声で試した自動判定が、本物の音声をしばしば偽物と判定しました。画像と動画の判定を調べた400本以上の研究のまとめでも、学習していない生成AIで作られた画像への正答率は70〜100%と幅があり、圧縮で手がかりが消えることも指摘されています。結果は参考の一つにとどめます。
「AIで作られた偽物だ」と言えば、わかってもらえる?
それだけでは難しいことがあります。人は偽物の音声の約4分の1を見逃すだけでなく、英語と中国語の実験では本物の音声の約3割を偽物と判断していました。聞いた側も、どちらが正しいか決めきれないのです。言い分より、その日時の自分の記録や、ファイルの入手経路という事実を示すほうが伝わりやすくなります。
突きつけてきた相手も、だまされているだけかもしれない?
その可能性はあります。米国の実験では、AIの合成音声を使った偽の演説動画を偽物と見抜けたのは72%でした。相手も誰かから受け取ったファイルを信じているだけかもしれません。最初から相手を責めるより、「どこから受け取ったか」を一緒に確かめるほうが、話が進みやすくなります。
ネットに投稿されて、すでに広まっているときは?
削除の依頼と相談を先に進めます。証拠の残し方と報告・相談の流れはディープフェイク被害のあとは「証拠・報告・相談」の3つに、検索に残り続けるときの対応はディープフェイクの被害のあと、検索するとまだ出てくるときにまとめています。
出典
- Mai, K. T., Bray, S., Davies, T., & Griffin, L. D. (2023). Warning: Humans cannot reliably detect speech deepfakes. PLOS ONE, 18(8), e0285333. https://doi.org/10.1371/journal.pone.0285333
- Groh, M., Sankaranarayanan, A., Singh, N., Kim, D. Y., Lippman, A., & Picard, R. (2024). Human detection of political speech deepfakes across transcripts, audio, and video. Nature Communications, 15, 7629. https://doi.org/10.1038/s41467-024-51998-z
- van Lierop, S., Najdenkoska, I., Worring, M., & Geradts, Z. (2026). Interpol review of detection of AI-generated image and video deepfakes, 2022-2025. Forensic Science International: Synergy, 13, 100704. https://doi.org/10.1016/j.fsisyn.2026.100704
- Univaso, P., & San Segundo, E. (2025). Detection of cloned voices in realistic forensic voice comparison scenarios. Frontiers in Artificial Intelligence, 8, 1678043. https://doi.org/10.3389/frai.2025.1678043


