選挙のディープフェイクに惑わされないために。研究では、見抜く目より「手口を先に知る」「共有前に止まる」が役に立っていた

選挙が近づくと、候補者が言っていないことを話す動画や、作られた画像が出回るのではないかと不安になります。見抜く自信がなくても大丈夫です。研究では、見た目で見抜く力に頼るより、よくある手口を先に知っておくことと、共有する前に一度立ち止まることが役に立っていました。
3行でわかる
- 本物と偽物の動画を見分ける実験では、正答率は57.6%で、偽物まで「本物」と判断しがちでした。見た目だけで判断するのには限界があります。
- 手口を先に知っておく短い動画や、「これは正確?」と意識する問いかけで、偽情報に乗りにくくなるという研究があります。ただし効果は小さく、どれだけ続くかもまだわかっていません。
- 候補者の発言は、選挙管理委員会の選挙公報や候補者本人の公式発信と照らし合わせます。わからないものは共有しないのが、いちばん確かな備えです。
01結論から言うと
選挙のディープフェイクへの備えは、見抜く目を鍛えることより「手口を先に知る」「共有前に止まる」「発信元を別のページで確かめる」の3つが中心です。研究で効果が調べられているのも、この3つの方向です。
ディープフェイクとは、AIで作ったり加工したりした、本物そっくりの動画・画像・音声のことです。選挙では、候補者が言っていない発言をしているように見せる使い方が心配されています。
総務省の啓発教材も、選挙が近づくと、特定の政治家について根拠のない情報が流され、一人ひとりの判断に影響することがあると説明しています。[8]
この記事は選挙の前の備えに絞ります。動画の見抜きにくさはBOHANの「本物そっくりの動画を、人は見抜けない」、出どころを調べる手順はデジタル探偵の「ディープフェイク動画を人は見抜けるのか」が詳しく扱っています。
02研究とデータでわかっていること
人は偽の動画を見た目だけでは見分けにくく、偽情報は本当の情報より広く速く広がっていました。一方で、手口を先に学ぶ、正確さを意識する、別のページで確かめる、という方法には小さいながら効果がありました。
Köbisら(2021)[1]
210人に16本の動画を見せ、ディープフェイクかどうかを答えてもらいました。正答率は平均57.6%でした。半分が偽物だと伝えていたのに、回答の67.4%が「本物」でした。見抜く大切さを読ませても、正解に報酬を出しても、正答率は上がりませんでした。参加者は自分の見抜く力を実際より高く見積もっていました。
対象: オンラインで集めた210人(83.8%が英国籍) / 限界: 選挙の動画に限った実験ではない。
VaccariとChadwick(2020)[2]
政治を題材にした作られた動画を見せる実験で、人はだまされるよりも「どちらかわからない」と感じやすいことがわかりました。そして、その不確かさが、SNS上のニュース全体への信頼を下げることにつながっていました。
対象: 英国の人口構成に近い大規模なサンプル / 限界: 1つの国、限られた動画での実験。
Vosoughiら(2018)[3]
2006〜2017年にTwitterで広がった約12万6,000件のニュースを調べました。ファクトチェック団体が判定した偽のニュースは、本当のニュースより遠く、速く、深く、広く広がっていました。この傾向は、政治の偽ニュースで特に強く出ました。ボットは本当のニュースも偽のニュースも同じ速さで広げていたため、差を生んでいたのは人の共有でした。
対象: 約300万人による450万回以上の投稿 / 限界: 1つのSNSの過去のデータで、AIで作られた偽情報に限った分析ではない。
Roozenbeekら(2022)[4]
偽情報によく使われる5つの手口(感情をあおる言葉、話のつじつまが合わない、2つに1つしかないと思わせる、誰かを悪者にする、人格への攻撃)を教える短い動画を作りました。「プレバンキング」(先回りの注意喚起)と呼ばれる方法です。6つの実験で、動画を見た人は手口を見抜きやすくなり、信頼できる内容とそうでない内容の区別もよくなりました。YouTube広告で流した調査では、手口を見抜けた割合が平均約5%上がりました。効果は政治的な立場を問わず見られました。
対象: 6つの実験の6,464人(うち5つは米国の人口構成に合わせたサンプル)と、米国のYouTube利用者 / 限界: YouTube調査は24時間以内に1問だけ答えた結果で、効果がどれだけ続くか、実際の共有が減るかは測っていない。
PennycookとRand(2022)[5]
著者らの研究グループが2017〜2020年に行った20の実験をまとめて分析しました。政治や新型コロナと関係のない見出しが正確かどうかを1つ判断させるなど、正確さに目を向けさせる問いかけをすると、偽の見出しを共有したい気持ちが10%減りました。効果は政治の見出しと新型コロナの見出しで差がありませんでした。年齢が高い人、よく考える人、注意深い人で効果が大きくなりました。
対象: 米国の26,863人 / 限界: 測ったのは「共有したいか」という意向で、実際の共有ではない。1つの研究グループの実験をまとめたもの。
WineburgとMcGrew(2019)、Oswaldら(2026)[6][7]
ファクトチェックの専門家10人、歴史学の博士10人、大学生25人にウェブサイトの信頼性を判断してもらうと、専門家はサイトをざっと見たらすぐ離れ、新しいタブで発信元を調べていました(横読み)。専門家は短い時間で、より根拠のある結論にたどり着きました。ドイツの成人2,666人に横読みを教えた実験では、見分ける力の改善は小さく、統計的にはっきりしないものもありました。2週間後には、教わらなかった人との差もはっきりしなくなりました。それでも平均すると、横読みを教わった人は信頼できない発信元を信じにくくなっていました。
対象: 米国の45人/ドイツの成人2,666人 / 限界: どちらも選挙のディープフェイクに限った研究ではない。
国の制度も動いています。2026年7月に成立した改正公職選挙法などにより、選挙運動や、特定の候補者を当選させないための活動でネットに載せる文書に、AIで作ったり加工したりした画像・動画を使うときは、その旨の表示が必要になります。施行は2027年3月1日です。軽い加工や、イラストのように実写と間違えようのないものは対象外です。[11]
03まだわかっていないこと
選挙のディープフェイクが実際に投票先をどれだけ変えるのか、日本の有権者で測った研究は、今回調べた範囲では見つかりませんでした。備え方の効果が何週間続くかも、はっきりしていません。
- ここで紹介した研究の多くは、米国・英国・ドイツの参加者によるもの。日本の選挙で同じ効果が出るかは確かめられていない。
- 手口を先に学ぶ方法も、横読みも、効果は小さい。紹介した研究が効果を見たのは24時間以内(YouTube調査)や2週間後(ドイツの実験)までで、選挙の日まで続くかはわからない。
- 紹介した見抜く実験は、偽物が混ざっていると伝えた状態で行われた。普段SNSを見ているときは、さらに気づきにくい可能性がある。
04今日からできること
選挙の前に、手口を知る・確かめる場所を決める・共有前に止まる・外で確かめる、の4つを準備します。どれもお金はかからず、10分ほどで始められます。
共有する前に、総務省の教材にある次のチェックを順に見ます。[8]
- 情報源はある?(いつ、どこから発信されたか)
- その分野の専門家が、責任を持って発信している?
- 他ではどう言われている?(別の報道や、誤りを指摘する記事はないか)
- その画像は本物?(生成AIで作られたもの、無関係な画像の流用ではないか)
よくある手口を先に知っておく
感情をあおる言葉、2つに1つしかないと思わせる言い方、誰かを悪者にする話、人格への攻撃。この4つを見たら一度止まる合図にします。総務省の教材「インターネットとの向き合い方」は無料で読めます。
目安 教材を読むのに10〜15分
候補者の情報を確かめる場所を決めておく
候補者の考えは、選挙管理委員会が発行する選挙公報と、候補者本人の公式サイト・公式アカウントで確かめます。住んでいる都道府県の選挙管理委員会は、総務省の一覧から探せます。選挙運動用のウェブサイトには、連絡先の表示が法律で求められています。[9][12]
目安 選挙の前に一度、5分
共有する前に「これは正確?」と自分に聞く
驚いた動画ほど、共有ボタンの前で一呼吸おきます。正確かどうかを一度考えるだけでも、偽の情報を広げたい気持ちが減るという研究があります。わからなければ共有しません。
目安 1回10秒
動画の中ではなく、外で確かめる(横読み)
動画をじっくり見比べるより、新しいタブで発信元の名前や発言の内容を検索します。本人の公式発信や、複数の報道で同じ内容が確かめられるかを見ます。
目安 1件3〜5分
AIの答えの確かめ方はAIの答えが間違っていたときの確かめ方でも整理しています。
総務省の解説では、公職選挙法に、氏名や身分を偽ってネットで発信することや、候補者について虚偽の事実を公にすることへの罰則があるとされています[10]。自分の顔や名前が勝手に使われたときの相談先は、ディープフェイク被害のあとにやることにまとめています。
05よくある質問
選挙のディープフェイクは、見ればわかるもの?
見た目だけで見分けるのは難しいです。210人の実験では、本物と偽物の動画を見分ける正答率は平均57.6%で、偽物でも「本物」と答えがちでした。動画の中を見比べるより、発信元や本人の公式発信を確かめるほうが確実です。[1]
プレバンキングとは何?
偽情報に出会う前に、よく使われる手口を短く教えておく方法です。米国などの研究では、手口を教える動画を見た人は、24時間以内のテストで手口を見抜きやすくなっていました。効果がどれだけ続くかは、まだわかっていません。[4]
AIで作った選挙の画像には、AIと表示されるようになるの?
2026年7月に成立した法改正で、選挙運動などでネットに載せる文書に、AIで作ったり加工したりした画像・動画を使うときは、その旨の表示が必要になります。施行は2027年3月1日です。ただし、表示がないことは本物である証明にはなりません。[11]
偽の動画だと気づかずに共有してしまったら?
気づいた時点で投稿を削除し、同じ相手に誤りだったと伝えます。研究では偽の情報は人の共有で広がっていたので、一人が止めることにも意味があります。[3]
出典
- Köbis NC, Doležalová B, Soraperra I (2021). Fooled twice: People cannot detect deepfakes but think they can. iScience, 24(11), 103364. https://doi.org/10.1016/j.isci.2021.103364
- Vaccari C, Chadwick A (2020). Deepfakes and Disinformation: Exploring the Impact of Synthetic Political Video on Deception, Uncertainty, and Trust in News. Social Media + Society, 6(1). https://doi.org/10.1177/2056305120903408
- Vosoughi S, Roy D, Aral S (2018). The spread of true and false news online. Science, 359(6380), 1146-1151. https://doi.org/10.1126/science.aap9559
- Roozenbeek J, van der Linden S, Goldberg B, Rathje S, Lewandowsky S (2022). Psychological inoculation improves resilience against misinformation on social media. Science Advances, 8(34), eabo6254. https://doi.org/10.1126/sciadv.abo6254
- Pennycook G, Rand DG (2022). Accuracy prompts are a replicable and generalizable approach for reducing the spread of misinformation. Nature Communications, 13, 2333. https://doi.org/10.1038/s41467-022-30073-5
- Wineburg S, McGrew S (2019). Lateral Reading and the Nature of Expertise: Reading Less and Learning More When Evaluating Digital Information. Teachers College Record, 121(11), 1-40. https://doi.org/10.1177/016146811912101102
- Oswald L, Kozyreva A, Herzog SM, Nickl PL, Hertwig R (2026). Boosting Media Literacy Using Lateral Reading and Online Search Interventions. Psychological Science, 37(8), 527-539. https://doi.org/10.1177/09567976261453813
- 総務省 (2025). インターネットとの向き合い方~ニセ・誤情報にだまされないために~第2版(2025年2月改訂). https://www.soumu.go.jp/use_the_internet_wisely/special/nisegojouhou/
- 総務省. なるほど!選挙 インターネット選挙運動解禁の概要 (1) インターネット等を利用する方法による選挙運動の解禁等. https://www.soumu.go.jp/senkyo/senkyo_s/naruhodo/naruhodo10_2.html
- 総務省. なるほど!選挙 インターネット選挙運動解禁の概要 (2) 誹謗中傷・なりすまし対策等. https://www.soumu.go.jp/senkyo/senkyo_s/naruhodo/naruhodo10_3.html
- 総務省 (2026). 公職選挙法及び特定電気通信による情報の流通によって発生する権利侵害等への対処に関する法律の一部を改正する法律(令和8年法律第58号)概要. https://www.soumu.go.jp/main_content/001082868.pdf
- 総務省. 都道府県選挙管理委員会ホームページ一覧. https://www.soumu.go.jp/senkyo/senkyo_s/links/senkan/


