AIの偽動画だとわかったのに、その人への悪い印象が抜けない。研究では、偽物と知らされていても内容に引きずられる人が多く、取り消された疑いは2日後まで評価を下げていた

ある人が悪いことを認める動画を見た。あとで、それはAIで作られた偽物だとわかった。頭では「あの人は何もしていない」とわかっているのに、顔を見るとあの場面がよみがえる。そんな自分に戸惑う人は少なくありません。研究では、偽物と知っていても内容に引きずられるのはよくあることでした。ただ、印象が戻った実験もあります。立て直しの軸は、印象を「本当だったこと」で上書きしていくことです。
3行でわかる
- 英国の実験では、先に「偽物です」と知らされて見た人でも、半数あまりが動画の内容をもとに「罪がある」と考えていました。
- 米国の実験では、取り消された疑いの投稿を見た候補者は、2日後も評価が低いままでした。疑いのほうが、取り消しより記憶に残っていました。
- 一方、取り消しで印象が元に戻った実験もあります。何が本当だったかを言葉にし、その人の実際の言動を見直すことが、印象を立て直す手がかりになります。
01 結論から言うと偽物と知ったのに印象が残るのはおかしい?
おかしくありません。取り消された情報が判断に残り続けることは、多くの実験で確かめられています。偽物と知った今からでも、事実で印象を上書きしていくことはできます。
一度見聞きした情報は、あとで「間違いだった」とわかっても、考えや判断に影響を残すことがあります。研究では「継続的影響」と呼ばれます。
偽の動画が厄介なのは、見た場面が具体的で、感情を動かすからです。印象が残るのは、あなたの判断力が弱いからではありません。大事なのは、残った印象をそのまま次の判断に使わないことです。
この記事は、偽物とわかったあと、映っていた人への見方を立て直すことを扱います。偽動画を広めてしまった場合や、映っていたのが自分の場合は、FAQの記事から先に読んでください。
02 研究とデータでわかっていること偽物と知っても、どのくらい引きずられる?
先に偽物と知らされても、半数あまりが内容をもとに判断していました。取り消された疑いは2日後も評価を下げていました。ただ、人の印象では取り消しで元に戻った実験もあり、結果は一様ではありません。
ClarkとLewandowsky(2026) / Communications Psychology [1]
架空の役人がわいろを受け取ったと話す偽の動画を見せる実験です。見る前に「この動画は偽物です」と知らされた75人のうち、53.3%が動画の内容をもとに「罪がある」と考えました。発言が聞き取れない動画を見た人では12.0%でした。
警告を信じて「偽物だとわかっていた」と答えた人だけで比べても、動画の影響は残っていました。3つ目の実験では、生成AIで作った別の動画を使いました。菜食主義を掲げる架空の発信者が、肉を食べたと認める動画です。偽物と知らされて見た人の「悪いことをした」という判断は、警告なしで本物の動画を見た人より弱まったものの、消えてはいませんでした。
対象: 英国の成人(3つの実験で175人・275人・223人) / 限界: 架空の人物と場面で、質問の受け取り方が結果に影響した可能性を著者自身が挙げています。偽物と知らされたのは見る前で、見たあとに知った場合ではありません。
Cohenら(2024) / PNAS Nexus [2]
架空の政治家27人について、SNS風の投稿を見せる実験です。不正の疑いが投稿され、そのあと事実によって否定された候補者は、疑いのなかった候補者より評価が低くなりました。この差は直後だけでなく、30分後と2日後にも残っていました。
2日後の記憶のテストでは、疑いの投稿のほうが、否定の投稿よりよく覚えられていました。直感に頼りがちな人や、ネットの情報を見分ける知識が少ない人ほど、直後の評価に影響が出やすい傾向がありました。
対象: 米国の成人(2つのオンライン実験、1つ目は437人) / 限界: 架空の候補者への評価で、動画ではなく文章の投稿を使った実験です。性格や知識との関係は、因果ではなく関連です。
Mickelbergら(2025) / PLOS ONE [3]
架空の人物について行動の説明を読み、印象を答える実験を3つ行いました。悪い行動の話をあとで取り消すと、取り消しのあとも悪い印象が残ったのは1つの実験だけでした。残り2つでは、取り消された話は印象から完全に差し引かれていました。
対象: 米国のオンライン参加者(3つの実験で301人・300人・301人) / 限界: 文章で読んだ架空の人物で、動画や実在の人ではありません。どんな条件で印象が残るかは、まだわかっていないと著者は書いています。
Chingら(2025) / PLOS ONE [4]
ディープフェイク(AIで顔や声を合成した偽の動画)が、見た人の考えや記憶、行動に与える影響の研究を集めました。研究の広がりを整理するスコーピングレビューという方法です。2,004本から22本の研究が対象になりました。偽動画がほかの偽情報より特別に人を動かすかは、はっきりしませんでした。
対象: 偽動画の影響を調べた実験・調査22本 / 限界: 多くの実験が、文章の偽情報と比べる条件を入れておらず、方法にも弱さがあったと著者は書いています。
まとめると、取り消された情報は人の評価に残りやすく、偽物と知っていても例外ではありませんでした。一方で、印象が元に戻る条件もあり、偽動画だけが特別に強いとも言い切れません。
03 まだわかっていないこと残った印象は、どうすれば消える?
偽動画のあとに残った印象を、どうすれば早く戻せるかを確かめた研究は見つかりませんでした。ここで紹介する工夫は、研究結果から考えた手がかりです。
- 実在の人の偽動画を見て、偽物と知ったあとの印象が何日・何か月続くかを追った研究は、今回の調査では見つかりませんでした。
- 研究の多くは英国や米国の実験で、日本の人や日本語の動画で同じ結果になるかは確かめられていません。
- 人の印象で、取り消しが効く場合と効かない場合を分ける条件は、まだわかっていません。
- 見たあとに偽物と知った場合と、見る前に知らされた場合の違いを、同じ方法で比べた研究も見つかりませんでした。
04 今日からできること残った印象とどう付き合えばいい?
印象を無理に消そうとせず、「何が本当だったか」を言葉にして、印象と事実を分けます。その人について大事な判断をするときは、確かめた事実だけで決めます。
「本当だったこと」を1文で書いておく
「あの動画はAIで作られた偽物で、本人は何も認めていない」のように、何が本当かを1文にしてメモします。米国の実験では、疑いのほうが否定より記憶に残っていました。否定の側を自分の言葉で覚えておく工夫です。
目安 1回1分
その人の実際の言動を、1つ見直す
本人が自分で出した発信や、信頼できる報道など、偽物ではない情報を1つ見ます。取り消しで印象が元に戻った実験もありました。偽の場面だけで、その人の全体を決めないための工夫です。
目安 1回5分
大事な判断は「印象」ではなく「確かめた事実」で
投票、仕事の取引、付き合いをやめるなど、その人に関わる判断をするときは、根拠を書き出します。偽動画の場面しか根拠がなければ、判断をいったん保留します。
目安 判断の前に3分
偽動画を見返さず、話すときは「偽物だった」から先に言う
確かめるつもりで見返しても、新しい事実は得られません。見返す時間は、手順1と2の「本当だったこと」に使います。人に話すときも、まず「あれは偽物だった」と結論から伝えます。
目安 話すたびに10秒
信じてしまった自分を責めてしまうときは、AIの偽画像やデマを信じてしまった自分が情けないときを読んでみてください。何を見ても疑ってしまうときは、偽情報が気になって何も信じられなくなったときにまとめています。家族と言い争いになったときは、AIの偽情報を信じた家族とけんかになったときが参考になります。
05よくある質問
偽物だとわかっているのに印象が残るのは、自分が単純だから?
そうではありません。英国の実験では、先に「この動画は偽物です」と知らされ、その警告を信じたと答えた人でも、動画の内容に引きずられていました。取り消された情報が判断に残る現象は「継続的影響」と呼ばれ、多くの人に起きます。
時間がたてば、悪い印象は自然に消える?
時間だけに任せるのは心もとないです。米国の実験では、取り消された疑いの影響が2日後も残り、疑いの投稿のほうが取り消しの投稿より記憶に残っていました。何が本当だったかを自分の言葉で確かめ直すほうが確実です。
偽動画を広めてしまっていたら、どうすればいい?
印象の立て直しより先に、訂正を出します。手順はAIの偽画像や動画を本物と思って拡散してしまったときにまとめています。
動画に映っていたのが自分だったら?
偽動画の被害を受けた側の対処は別の記事で整理しています。ディープフェイク被害のあとは「証拠・報告・相談」の3つから読んでください。
出典
- Clark, S., & Lewandowsky, S. (2026). The continued influence of AI-generated deepfake videos despite transparency warnings. Communications Psychology, 4, 13. https://doi.org/10.1038/s44271-025-00381-9
- Cohen, M. S., Halewicz, V., Yildirim, E., & Kable, J. W. (2024). Continued influence of false accusations in forming impressions of political candidates. PNAS Nexus, 3(11), pgae490. https://doi.org/10.1093/pnasnexus/pgae490
- Mickelberg, A. J., Walker, B., Ecker, U. K. H., Howe, P. D. L., Perfors, A., & Fay, N. (2025). Did he or didn't he? Mixed evidence for the continued influence of retracted misinformation on person impressions. PLOS ONE, 20(5), e0322045. https://doi.org/10.1371/journal.pone.0322045
- Ching, D., Twomey, J., Aylett, M. P., Quayle, M., Linehan, C., & Murphy, G. (2025). Can deepfakes manipulate us? Assessing the evidence via a critical scoping review. PLOS ONE, 20(5), e0320124. https://doi.org/10.1371/journal.pone.0320124


