AIの学習データ作りや投稿チェックの仕事で、つらい画像や文章を見続けてしまった。研究では、毎日見る人ほど心の負担が大きく、ぼかしや白黒にしても負担は減らなかった

AIに学ばせるデータの仕分けや、投稿のチェックの仕事で、暴力や差別のひどい画像や文章を見続けてしまった。仕事が終わっても場面が頭に浮かぶ。そんなしんどさは、弱さではありません。投稿チェックの担当者の調査では、つらい内容に触れる回数が多い人ほど負担が大きい傾向がありました。この記事では、今できる「記録・量の相談・区切り・相談先」を整理します。
3行でわかる
- 投稿チェックの担当者160人の調査では、約4人に1人が中くらい以上の心理的な苦痛を抱え、つらい内容に毎日触れる人ほど苦痛が大きかった。
- 画像をぼかしや白黒にして見る実験(309人と365人)では、直後の不安や、場面が頭に浮かぶ回数は減っていなかった。
- まず見た量を記録し、量や担当の調整を相談する。終業後の区切りと、中身を話さずに使える相談先を用意しておく。
01 結論から言うとつらい内容を見続けるしんどさは、気のせい?
気のせいではありません。投稿チェックの担当者の調査では、つらい内容に触れる頻度が高い人ほど心理的な苦痛が大きく、量と負担が結びついていました。
AIは、人が用意したデータで学びます。有害な画像や文章を見分けて印を付ける作業や、AIがひどい答えを出さないか確かめる作業も、人が担っています。投稿の削除を判断するコンテンツモデレーター(投稿チェックの担当者)も、AIが「問題あり」とした投稿を人の目で確かめています。
こうした仕事で、他人のつらい体験に繰り返し触れると、二次的外傷ストレス(自分が体験していないのに、場面が頭に浮かぶ・眠れないなどの反応が出ること)が起きうると研究者は考えています。英国の研究者が160人を調べた結果では、つらい内容を毎日見る人は、週ごと・月ごとに触れる人や、それより少ない人に比べて、心理的な苦痛も二次的外傷ストレスも高めでした[1]。
つまり、しんどさは「向いていない」証拠というより、量が多すぎるという合図として扱えます。
02 研究とデータでわかっていることぼかしや白黒にすれば、負担は防げる?
防げるとは言えません。画像をぼかしや白黒にして見る実験では、直後の不安やいやな気分、場面が頭に浮かぶ回数は、加工しない画像と変わりませんでした。量・休憩・相談の工夫が別に必要です。
Spence・DeMarco(2025)[1]
国際的な会社で投稿チェックをする160人のうち、24.4%が中くらい〜重い心理的苦痛の範囲、28.8%が心の健康度の低い範囲でした。つらい内容に毎日触れる人ほど、苦痛と二次的外傷ストレスが高めでした。対処のしかたでは、問題に直接取り組む人ほど苦痛が低く、避ける対処(現実を認めない・お酒などでまぎらわす)が多い人ほど高い傾向でした。
対象: 娯楽分野の投稿を扱う会社の担当者160人(回答率80%、62.5%がアジア在住) / 限界: 1回だけの調査なので、どちらが原因かはわかりません。著者ら自身の以前の調査を、自分たちで追試した研究です。
同じ調査では、会社の心のケアの窓口を使っていた人は、二次的外傷ストレスが低めでした。一方で、心理的な苦痛の大きさとの結びつきは見られませんでした。また、「相談の内容が会社に漏れないか」を心配している人ほど、苦痛が大きい傾向がありました[1]。
Lewitzkaら(2026)[2]
投稿チェックを模した作業で、つらい画像をぼかし・白黒・加工なしのどれかで見てもらう実験をしました。ぼかしでも白黒でも、直後の不安、いやな気分、画像の場面が頭に浮かぶ回数は減りませんでした。自分で見せ方を選べる2つめの実験でも同じで、ぼかしや白黒が選ばれたのは14%と16%でした。
対象: オンラインで集めた一般の参加者(309人、365人) / 限界: 本職の担当者ではなく、直後の反応だけを測っています。研究者は、見えない部分を頭の中で補ってしまった可能性を挙げています。
Pendseら(2025)[3]
AIにわざと有害な答えを出させて弱点を探す仕事(レッドチーム)にも、心の負担の危険があると指摘しました。対策として、俳優が役から抜ける習慣(役おろし)や、同じ経験をした仲間と話せる仕組みを、この仕事に取り入れることを提案しています。
対象: 他の職業の研究をもとにした論文 / 限界: 働く人を調べた調査ではなく、提案の効果はまだ確かめられていません。
オランダの研究者による2026年の論文も、AIのデータ作りや投稿チェックの仕事について、心と体と人間関係に重い影響が出うると論じています。仕事が守秘義務の契約で外から見えにくいことも指摘しています[4]。
03 まだわかっていないことどんな対策なら効くか、わかっている?
まだはっきりしていません。負担と見る量の結びつきは繰り返し報告されていますが、どの対策で負担が減るかを確かめた試験は少なく、日本で働く人の研究も見つかりませんでした。
- 日本でAIのデータ作りや投稿チェックをする人を調べた研究は、今回の調べでは見つかりませんでした。
- 調査の多くは投稿チェックの担当者が対象で、AIのデータの仕分け(ラベル付け)をする人だけを調べた調査は少ない状態です。
- 1日に何時間、どんな内容までなら負担が小さいかという目安は、研究では決まっていません。
- 役おろしや仲間との話し合いが、AIの仕事で負担を減らすかは、まだ試されていません。
- ぼかし・白黒の実験は一般の人の直後の反応だけで、長く続けたときの効果はわかっていません。
04 今日からできることつらい内容を見続けてしまったら、何をする?
見た量を記録し、それをもとに量や担当の調整を相談します。仕事のあとに区切りを作り、中身を話さずに使える相談先を一つ決めておきます。
見た量を1行で記録する
日付、見た内容の種類(暴力・差別など、言葉は一般的なもので)、時間、終わったあとの状態(眠れない・頭に浮かぶ)を書きます。研究で負担と結びついていたのは「頻度」なので、相談のときの材料になります。
目安 1日1分
量・担当・休憩の調整を相談する
記録を見せて、つらい内容の担当を交代制にする、間に休憩を入れる、などを上司や発注元に相談します。研究者も、扱う内容の種類を入れ替えることや決まった休憩を勧めています[1]。
目安 相談1回15分
仕事の終わりに「役から抜ける」区切りを作る
作業の画面を閉じたら、着替える、外を5分歩く、自分の名前と今日のこのあとの予定を口に出す、など決まった動作をします。俳優の習慣をもとにした提案で、効果はまだ試されていません[3]。
目安 毎日5分
中身を話さずに使える相談先を決めておく
守秘義務があっても「仕事でつらい内容を見続けて眠れない」と状態だけを話すことはできます。会社の窓口に漏れないか不安なら、社外の窓口も選べます。どこまで話してよいかは、契約やルールを担当者に確かめます。
目安 10分で窓口を1つ調べる
仕事が増えすぎたときの記録の取り方はAIで仕事が増えた記事で、休んだあとの戻り方は休職からの復職の記事で整理しています。
会社に雇われている: 各都道府県の労働局にある総合労働相談コーナーで、働き方や業務量の相談ができます(無料)。
業務委託・フリーランスで請けている: フリーランス・トラブル110番(0120-532-110、平日9:30〜16:30)で取引のトラブルを相談できます。
05よくある質問
つらい内容を見るのが仕事なのに、しんどいと感じる自分は向いていない?
向き不向きだけの問題とは言えません。投稿チェックの担当者160人の調査では、つらい内容に毎日触れる人ほど心理的な苦痛が大きく、見る量と負担が結びついていました。しんどさは量の多さを知らせる合図として扱い、記録をもとに量の調整を相談できます。
画像をぼかしや白黒にすれば、心の負担は防げる?
オーストラリアの研究者による2つの実験(309人と365人)では、ぼかしや白黒で見ても、直後の不安やいやな気分、場面が頭に浮かぶ回数は減っていませんでした。参加者は投稿チェックを模した作業をした一般の人で、長期の効果は調べていません。使っても負担はゼロにならない前提で、量と休憩を考えるのが確かです。
守秘義務があって、仕事で見た内容を人に話せない。相談できる?
見た内容の詳しい中身を話さなくても、「仕事でつらい内容を見続けていて眠れない」のように、自分の状態だけを伝えて相談できます。どこまで話してよいかは、契約や社内のルールを担当者に確かめてください。
AIの安全テストの仕事でも、同じような負担はある?
米国の研究者らは2025年の論文で、AIにわざと有害な答えを出させて弱点を探す仕事(レッドチーム)にも、心の負担の危険があると指摘しています。ただしこの論文は働く人を調べた調査ではなく、ほかの職業の知見から対策を提案したものです。
つらい状態が2週間以上続くときや、日常生活に支障があるときは、医療機関や、こころの健康相談統一ダイヤル(0570-064-556)などの相談窓口に相談できます。
出典
- Spence, R., & DeMarco, J. (2025). Content Moderator Mental Health and Associations with Coping Styles: Replication and Extension of Previous Studies. Behavioral Sciences, 15(4), 487. https://doi.org/10.3390/bs15040487
- Lewitzka, S., Liebeknecht, A., Bridgland, V. M. E., Moeck, E. K., Nixon, R. D. V., Semmler, C., & Takarangi, M. K. T. (2026). Evaluating image modification as a harm reduction approach in content moderation. Psychological Research, 90. https://doi.org/10.1007/s00426-026-02241-5
- Pendse, S. R., Gergle, D., Kornfield, R., Meyerhoff, J., Mohr, D., Suh, J., Wescott, A., Williams, C., & Schleider, J. (2025). When Testing AI Tests Us: Safeguarding Mental Health on the Digital Frontlines. Proceedings of the ACM Conference on Fairness, Accountability, and Transparency (FAccT '25), 1793–1804. https://doi.org/10.1145/3715275.3732120
- Ryan, M. (2026). Trauma behind the algorithm: a phenomenological analysis of violent content data work. AI and Ethics, 6. https://doi.org/10.1007/s43681-026-01282-1
- 厚生労働省「こころの健康相談統一ダイヤル」 https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/hukushi_kaigo/seikatsuhogo/jisatsu/kokoro_dial.html


